檻の存在に気づくという経験

多くの心理学者が、我々というのは何かしらの枠組みの中で世界を見ているという指摘している。
アドラーはそれを「認知のレンズ」という表現をしていたりするが、そのこと自体に気づいた体験をふと思い出したので書いてみよう。

枠組みというのは何か

では、一体枠組みというのは何なのか。
それは受けてきた教育であったり、育った箇所の文化だったり、自分が触れてきた全てのコンテンツ・経験により生成された世界観とでもいうのであろうか。
枠組み自体は、良い・悪いというものではなく、全ての人間が所有しているものだと思う。
枠組みの存在に気づき、それ自体を対象化することに成功すると、枠組みの呪縛からは逃れることができるが、実はそこには別の枠組みが存在する。

枠組みとの付き合い方として、それ自体を外す事よりも、何かしらの枠組みの中で日々思考・行動していることに”気づくこと”が非常に重要である。
過去を振り返って、自身の枠組みに気づいたタイミングはいくつかあるが、その中でも印象に残っているエピソードをふと思い出したので、書いてみようと思う。

 

異文化で気づく自分の枠組み

自分は有難いことに、人生で2回ほど海外で生活する体験をしている。
1回目は大学4年生の時の約1ヶ月間。2回目が27歳からの2年間。場所は共にNY。

NYでの暮らしの中でいくつか印象深い事があるのだが、今日はその一つを思い出してみる。
大学時代のNYだ。

それまで私は海外とはどちらかというと縁遠い生活をしていた。
旅行で行ったことがあるのもそれまではハワイとグアムくらいで、そもそもそこまで海外生活に興味がなかった。
そんな自分が、初めて”外国人”として生活した経験は、現在の人格形成において大きな役割を果たしてくれたように思う。

NYに降り立った初日。英語力はほぼ0。海外経験もほぼ0。
不安でいっぱいの中、まずは事前に伝えられていた宿泊先のアパートに向かった。
空港からタクシーに乗り、紙に書いた住所を見せて向かってもらう。車窓から見える景色に期待と不安が募る。

運転手に「着いたよ」というようなことを言われ、降りるが、正直どれが自分のアパートかもわからない。
似たようなアパートが多い通りで、住所の読み方もよくわからないまま、なんとか見つけた我がアパート。

管理人のような人に声をかけ、鍵を渡してもらい、アパートの共有施設を軽く案内してもらう。
今でもそのアパートの匂いみたいなものを覚えている。この文章を書いている今、ふとその時の匂いを思い出した。
匂いというのは不思議で、記憶を辿っていくと当時の匂いというものが鼻を通ることがある。

続けよう。
その管理人に部屋まで連れて行ってもらい、部屋の中も軽く説明してもらう。
自分の英語力で理解している内容は、多分半分くらい。でも、ニコニコyeah,yeah言っていたと記憶している。

そんな中、自分はどうしても聞きたいことがあった。

Of course!という言葉で気づく、自分の認知

当時タバコを吸っていた自分は、この部屋の中でタバコを吸っていいのかが非常に気になっていた。
説明を聞いている間も、それをどう聞けばいいのかという英文を頭のなかでずっと考えていた気がする。

“Can I smoke here?”
確かこんな感じの英語で質問してみた。

すると、その管理人は非常に不思議そうな顔で、

“Of course! This is your room! Why not? hahaha”
的な感じで返してきた。

その時にふと気づいた。
あーもしかすると、自分はホテルの部屋のような感覚(旅行者のような感覚)でいたのかもしれない。
しかし、今は生活者としてNYに足をつけているのだと。
さらに、自分は日本の文化で育った結果として、例え自分の部屋だとしても借りているのであれば、許可をもらうという感覚が染み付いているのかもしれない。

あの体験は、旅行者としての枠から外れ、日本人としての礼儀正しさのような枠の存在に気づき、それらが対象化された瞬間だったと今振り返ると思う。

 

枠組みの気づき方

現在、私はコーチングセッションの提供を通して、色々な人の枠組みを捉え、気づいてもらい、必要であればアップデートしていくということを支援している。
枠組みというのは、一人だけで気づくのは非常に難しい。

魚は、自分が水の中にいることに気付いていないという。
我々人間も、一人だと自分の環境や認知に気づかないことが多くある。

NYでの体験は、管理人という第三者の何気ない返答により、”あれ、もしかして、、、” という疑いが産まれ、そこから気づきが産まれ、枠組みが対象化された。

今まで常識だと思っていたことや、無意識化での行動が、環境が外れた瞬間に常識ではなくなるという体験は、
自己理解において、貴重な体験だったなと改めて感じた。

 

2021/10/27 24:46 自宅にて